振り返り

 ここ数日、疲労で書けなかったり、かと思えば創作欲がもりもりになって脳が創作全振りになったりしていたので、日記が書けなくなっていた。
 思い出せる範囲で書いておこうと思う。

一月二十七日


 父の通院日だった。精神科である。
 父の職場は国営ブラックだ。さらに、社風(会社ではないが)も肌に合わず、余計、精神的に参ってしまったようだ。
 しかし、早期に精神科にアクセスできたのは、私のおかげと言えなくもないだろう。父の性格はリベラルだが、価値観は保守的なので、初診日は診察に行くことに怯えていた。精神科通院の先輩たる私が背中を押したことで行けた節があるので、よかったなと思う。穏やかな父には、穏やかなままでいてほしいから。

 昼はファミレスに行った。肉はうまい。
 ヴィーガンが有名になってから幾らか経つが、私はその思想に賛同しかねる。
 人類は肉を食べることによって生きながらえてきた。今更、肉食を辞めるのは、栄養バランスを崩して不健康になるだけだろうと思ってしまう。
 それよりも、フードロスや家畜の育成環境のほうがよほど重大な問題ではないだろうか。
 私が今できることは、せめて感謝をしながら完食することだけである。
 ……と書いたが、考えが変わったので明日の日記に記しておく。

 本屋にいった。その日発売のシメジシミュレーションを買えた。
 北海道といえば発売から二、三日遅れるというイメージが強かったので、当日に置いてあることに驚いた。物流、無理をするな。

 その後、車の中で寝た。LINEスタンプの案を練るのが楽しすぎて夜更かししたせいである。久しぶりに絵筆を取ったが、やはり絵を描くのは楽しい。

 晩は......何を食べたっけ。思い出せない。

一月二十八日


 この日はカフェでパンケーキを食べた。プレーンなパンケーキに、ホイップとカシスのシャーベットをトッピングで追加。甘酸っぱくて最高だった。

 それから電車で一人暮らしのハウスへ。
 精神が参ってから、土日は実家で、平日は一人暮らしという生活をしている。
 電車の運賃もバカにならないので、できれば一人で暮らせればと思うのだが、ずっと一人だと生活が崩壊するので、リセットするために実家に戻っている。

 帰ってきてからは、ずっと字を書いていた。二次創作で少し鍛えられた文章力を一次創作で発揮する。
 二次創作は、ああでもない、こうでもないと苦心惨憺してやっと五千字書けるかどうか、といったところなのだが、一日で五千字ほど書けたので、一次創作万歳という気持ちである。八年分の熟成期間は伊達じゃなかった。
 今までずっとイラスト畑で生きていたのだが、小説にどハマりした結果、下手の横好きで文字を書くに至った。
 自分の手から、好きなキャラの、見たいシチュエーションが生まれるのは、めちゃくちゃ楽しかった。結果、三ヶ月で単行本になるほどの文字数を書いた。ので、勢いだけで再録本を作った。めちゃくちゃだ。
 今だと拙さに目が行ってやや恥ずかしくなってしまうため、勢いで本を出したのは英断だったなと思える。そうでなければ、たぶん一生、本を出そうとは思わなかったはずである。

 晩はカレーを食べた。レトルトのありがたさよ。

一月二十九日


 この日は寝腐れてた。あまり筆も進まず。
 月曜日はあまり活動ができない。暦なんてただの指標に過ぎないのにね。
 昼はカップ麺を食べ、晩は冷凍の唐揚げだけをなんとか食べた。

 そんな感じの三日間だった。

 今日は午後から学校に行った。先生と、課題のことと今後のことの話をした。
 私は、人の言ったことの矛盾点に気がつけない。というより、自分の考えや記憶が間違っていただけで、今向こうが言っていることが正しいのだろうと思い込んでしまうところがある。
 いつも相手が正しいということにしておけば、あとは自分を曲げるだけで済む。諍いも起きない。
 だが、それはただの思考停止でしかない。従順さが評価されるのは、子供のうちだけである。あるいは、ブラック企業か。

 一方で、自分の予測を過信してしまうところもある。
 人は少なからず思い込みを元に生活している。それは悪いことではなく、そうしなければ生活がままならないからだ。あれはどうなんですか、これはどうなんですか、と全て訊いていてはキリがない。
 それに、私の場合、日常における予測がほぼほぼ当たっているものだから、余計にそれに依存してしまう。
 日常はそれでもいいのかもしれないが、仕事はそうはいかないのかもしれないな、という気づきを得つつある。

 帰ってきたらくたくたになってしまったので、とりあえずシュークリームを食べた。